

お帰り!待ってた!(53-5)
「お父さん、お帰り!待ってた!」 退院して家に帰った時も、デイサービスから帰った時もこう言って迎えました。 そういう日々を繰り返してきました。 父は言葉では伝えられなかったけれど、家族に負担をかけていると思っていただろうと思うのです。不自由でも何でもいい、お父さんが帰ってく...


お帰り!待ってた!(53-4)
父が入院しても、その間、気楽にもしていられない。父が家にいても、いなくても大変ならば、できるだけ早く日常に戻すことが一番楽。とにかく早く治して、検査の数値がよしとなった時点でサッサと退院する。「お昼食べたら帰ります」「えっ!今日?!会計が間に合わない!」と看護師さんに驚かれ...


お帰り!待ってた!(53-3)
父は言葉が話せない。何があっても、何をされても、伝えることができません。そうなると、どうしても扱いがいいわいいわになりがち。だから、 「お忙しいところ、すみません」 「お手数をおかけします。ありがとうございます」 と言いながら、シーツが汚れている、交換して欲しい、お箸が見当...


お帰り!待ってた!(53-1)
父は1994年3月に脳塞栓で倒れて、その年の11月に自宅に帰りました。そして、2016年に亡くなるまでの22年の間には、大小様々なケガや病気で入院しました。家ではそれなりに暮らしているのに、入院すると、父がいかに立派な障害者であるかを思い知らされます。...


母の服 (52)
母は料理に限らず、洋裁も和裁もやりました。 私は並外れて大きな子供でした。小学校5年生の時、転校した先の学校の始業式で、列の後ろに立っていたら、新しい先生だと間違われました。担任と並んで写る修学旅行の写真はどう見ても副担任。小学校は私服でしたし、実年齢と体の大きさに一番ギャ...


中華料理 (51)
台湾に駐在していた時、母は現地の先生に中華料理を習っていました。それ以降、わが家のご馳走はお寿司や鰻ではなくて、中華料理でした。特に思い出すのが、白身魚のあんかけ。白身魚を1匹丸ごと41センチの中華鍋で油をかけながら、骨まで食べられるくらい時間をかけて揚げる。それに野菜たっ...


中華鍋 (50)
45年前、台湾から持ち帰って、今も現役のものに直径41センチの中華鍋があります。しまっておく場所もない。大は小を兼ねるわけだし、一人分でも使ってやろうじゃないか、と毎日出番があります。テフロンだ、フッ素加工だといったソフトタッチではなく、鉄なべをカネのフライパン返しで威勢よ...


パナマシーツ (49)
天然素材のパナマシーツ。台湾から持ち帰って、今も現役です。パナマ帽が夏向きであるように、パナマソウを編んだこのシーツも熱がこもりにくく、寝返りをうつとちょっとヒンヤリします。2枚あったけれど、1枚は擦り切れてしまいました。大事に使いましょ、私にはもう買えませんから。 #生活...


台湾 (48-13)
数日前、Sさんの息子さんを通じて、1枚の写真が送られてきました。 Yさん、Sさん、そして父です。 Sさん、お写真をありがとうございました。 Yさんが上司らしいキリッとした表情で父の肩に手をかけています。 いい写真です。よく見つけて下さいました。...


台湾 (48-12)
Sさんのお孫さんが届けて下さった台湾一美味しいパイナップルケーキでお茶しました。甘さも控えめ、お土産物というよりお店自慢の焼き菓子という感じでした。 二人して、おいしくいただいたのに、しばらくして父はストンと物を食べなくなりました。何か力が抜けたようにストン!と食べなくなっ...