

最後の「お帰り!待ってた」(54-2)
初めて受診で私が父の病歴を伝え、今の状況を説明するのをS先生はだまって聞いておられました。そして、話し終えると、S先生は静かにおっしゃいました。ここが父の寿命なのだと…。私は今までと同じように治す気満々でしたので、驚いて言葉をなくし、混乱してただ涙が止まらなかった。ここを寿...


最後の「お帰り!待ってた」(54-1)
2020年東京オリンピック開催が決まったのが2013年の9月。あと7年、そこまでは父はいけるなと思っていたのです。それが3年後、みおくることになりました。 2015年の暮れ近く、父はすとんと物を食べなくなりました。その1年前くらいから、むせやすくなって、嚥下機能が下がってき...


お帰り!待ってた!(53-5)
「お父さん、お帰り!待ってた!」 退院して家に帰った時も、デイサービスから帰った時もこう言って迎えました。 そういう日々を繰り返してきました。 父は言葉では伝えられなかったけれど、家族に負担をかけていると思っていただろうと思うのです。不自由でも何でもいい、お父さんが帰ってく...


月光天文台
静岡県函南町にある月光天文台の「夏の星空観望会」に行ってきました。 数年前、父と行ったことがありましたが、当時は車椅子での入館は難しく、入口でパンフレットをもらって帰りました。友人が訪ねてくることになって、どこに行こうかあれこれ調べていて、そうだ!と思い出しました。...


お帰り!待ってた!(53-4)
父が入院しても、その間、気楽にもしていられない。父が家にいても、いなくても大変ならば、できるだけ早く日常に戻すことが一番楽。とにかく早く治して、検査の数値がよしとなった時点でサッサと退院する。「お昼食べたら帰ります」「えっ!今日?!会計が間に合わない!」と看護師さんに驚かれ...


お帰り!待ってた!(53-3)
父は言葉が話せない。何があっても、何をされても、伝えることができません。そうなると、どうしても扱いがいいわいいわになりがち。だから、 「お忙しいところ、すみません」 「お手数をおかけします。ありがとうございます」 と言いながら、シーツが汚れている、交換して欲しい、お箸が見当...


お帰り!待ってた!(53-1)
父は1994年3月に脳塞栓で倒れて、その年の11月に自宅に帰りました。そして、2016年に亡くなるまでの22年の間には、大小様々なケガや病気で入院しました。家ではそれなりに暮らしているのに、入院すると、父がいかに立派な障害者であるかを思い知らされます。...


マンチェスター・バイ・ザ・シー
昨日の海つながりで、もう一つ。 「MANCHESTER BY THE SEA」という映画を観ました。 「海辺のマンチェスター」という映画のタイトルだと思っていたら、アメリカのマサチューセッツ州にManchester-by-the-Seaという町があるのですね。ニューハンプシ...


足だけ…
もう20年以上経つと思います。友人が行きたいケーキ屋さんがある、そこのケーキは卵アレルギーの子でも食べられるのよ、と言いました。へぇ~そうなの、とついていくと、パティシエールに見覚えがある。お互い「誰だっけ?」という顔をして一瞬固まって、「あれぇ!」と思い出しました。クラス...


母の服 (52)
母は料理に限らず、洋裁も和裁もやりました。 私は並外れて大きな子供でした。小学校5年生の時、転校した先の学校の始業式で、列の後ろに立っていたら、新しい先生だと間違われました。担任と並んで写る修学旅行の写真はどう見ても副担任。小学校は私服でしたし、実年齢と体の大きさに一番ギャ...





















