小さな「できる」が見つかった(4-2)
- fairfax3939
- 2016年12月28日
- 読了時間: 2分
母には持病がありました。自分に弱いところがあっては父の介護がままならないと、父の病態が落ち着いた頃、母も入院しました。この時、母が顔を見せないことを不審に思ったのでしょう。父はしきりに何かを訴えました。事情を繰り返し答えるのですが理解できません。「はいよぉ~!!!」と連呼し、どんどん不安をエスカレートさせます。
どうにも困って、外出の許可をもらって入院する母に会いに行きました。寝間着姿の母が病院の駐車場で待っていました。その姿を見て、父はやっと納得したようでした。
母が「お父さん、大丈夫ですから。もう少し待っていて下さいね」と言って、二人して泣いていました。父はすとんと落ち着きました。

顔を見せない母を心配し、顔を見て安心し、病院にいて治療中だから自分のところには来ない。そう理解できたのだと思います。
この頃の父は、人が何を言っているのか理解できず、自分の言葉も全く理解されないことに混乱し、怒りまくっていました。怒るというのは、父が唯一発するこのできる言葉「はいよ!」を大声で連呼し、止まらないのです。父の挙動の激しさに家族は戸惑うばかりでした。
しかし、この外出で、父は言葉での理解は難しいけれど、実際に見れば状況判断ができるとわかりました。そして何より、父の母への思いが変わっていないとわかって本当に嬉しかった。
できなくなってしまったことばかりの中で、「できる」を実感した時、はじめて明るい気持ちになりました。
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